2009年10月04日

アヘン戦争以降の清朝末期に

アヘン戦争以降の清朝末期にヨーロッパ列強の侵略により西洋文化が多く流入する。その後、辛亥革命により満州族統治の清朝が倒れると、中華民国が建国され、近代化に向かう。人々の思想は西洋化に向かい、西洋風の服装に変わり、漢服の回復はなかった。第2次世界大戦後の中華人民共和国の建国以降は人民服が推奨され、成人男子のほとんどが着用し、女性にも多く着られた(改革開放政策以降、次第に洋服も着られるようになった)。この共産主義国家の成立と文化大革命による文化の断絶も、伝統衣装などの文化の継承に大きな妨げとなった。しかし21世紀初めになり、中国の国力が発展するに従い、人々の目は自国の伝統文化の優秀な面に関心を寄せるようになった。一部の人は、伝統的漢服の復興を呼びかけ、率先して漢服を着て普及運動を始めている。漢服の歴史やデザインについてはさまざまな説があり、これらの漢服復興運動に対して、一般社会からは様々な意見が出されている。
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現代の漢服の主な特徴は、襟があり、襟に続くおくみ(衽)、ボタンを使わず、帯で締めることにある。見るものに、ゆったりとして飄逸な感じを与えた。これらの特徴は、他の民族の服装とは明らかに異なる。漢服には礼服と普段着の別がある。形の上から見ると、主に上衣下裳(上は襟のある上着、下は裳というスカート状の下衣、衣裳はここから出来た言葉)、深衣(着丈の長い、裾の広がったゆったりした衣服)、褥裙(短い上着とスカート)などの形があった。

2009年09月26日

同和事業に関わる不正・腐敗

同和対策事業の伸展に伴い、同和地区の環境改善は画期的に進んだが、巨額の予算の執行に伴い、それに関わった行政当局者、運動団体関係者による不正・汚職行為が少なからず発生し、マスコミを賑わせることがたびたびあった。とりわけ1981年の北九州土地転がし事件、2001年に表面化したモード・アバンセ不正融資事件などに、運動団体の幹部が関与していたことが報道されている。

2006年、奈良、京都、大阪で同和対策事業に関する不正が数多く発覚し、各自治体は同和対策の見直しを発表。奈良では部落解放同盟奈良県連古市支部の幹部が、奈良市職員でありながら架空の病気を理由にほとんど出勤せず、給与を詐取していた。

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2008年鳥取では、部落解放同盟鳥取市協議会の元会計責任者が架空の人権コンサートをでっちあげて平成17年度の市教委の補助金50万円を不正受給していた。

また、関係者の自作自演による差別事件なども複数発覚している。これは実際には差別事件など起こっていないにもかかわらず、さも差別事件が発生しているように見せかけた悪質なもので、滋賀県公立中学校差別落書き自作自演事件や解同高知市協「差別手紙」事件などがその一例である。これは、現在でも行われており、2009年7月7日には、福岡県で、同和地区の出身者である立花町の嘱託職員の男が、自宅にカッターナイフの刃を同封した差別的な文書を、町役場にも差別的な記述があるはがきを匿名で送るという事件が発生した。

2009年09月14日

カメラにおいては

カメラにおいては、撮影時の手ぶれや画角のズレを防ぐために、シャッターを遠隔操作することが古くから行われてきた。このための機械的な装置はオート・レリーズと呼ばれる。モータードライブやオートフォーカスが搭載されているカメラでは、電気的なスイッチやケーブルを採用したレリーズスイッチが多い。これらの装置では、バルブ撮影に便利なようにレリーズロック機能を搭載するものが多い。近年、ワイヤレスでシャッターの操作が可能な装置が一部のコンパクトカメラやAF一眼レフカメラに付属もしくはオプションで設定され、特にデジタルカメラにおいては、ワイヤレスでシャッター以外の操作も可能な装置が付属するものも多いが、このような装置はリモコンと呼ばれることが多い。これらのリモコンでは即時レリーズの他セルフタイマー(概ね2秒が多い)で撮影可能なものもある。
手元で操作を可能にした物や、温度や設定を表示する。 便座の前に壁にかけて使えるようになっている。

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コンピュータゲーム機のコントローラーは、携帯ゲーム機や業務用ゲーム機では本体に直接ついているが、据え置き型の家庭用ゲーム機ではリモコンになっている。

コントローラーは、従来、純正のものは有線式がほとんどで、無線式のものはサードパーティーから発売されていた。無線のコントローラーは、ワイヤレスコントローラーと呼ばれることが多い。Xbox 360、PS3、Wii(Wiiリモコン)では、ワイヤレス・コントローラーが標準となっている。

2009年09月02日

不妊の原因となる遺伝子を除かずに

不妊の原因となる遺伝子を除かずに子供を得ることは自然の摂理に反し、問題の先延ばしでしかないという批判がある。また、性交渉は子供を得るためのみに認めるとする宗教からは、人工授精などによって子供を得ることは教義の逸脱で認められないという批判もある。
また、非配偶者間人工授精などは家庭関係を複雑化させ、ひいては社会を不安定化させるといった批判がある。(→代理母出産を参照) その一方で、子供を望むのは人間として当然の権利であるという主張がされ、人工授精は少子化対策に有効であるという主張もある。
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体外受精については、子宮内に戻す胚の数は多胎による母子への負担(最悪、母子共に死に至る)を避けるため、一般的に1-3個程度に限定されている。日本産科婦人科学会は2008年2月、「原則1個とし、35歳以上、または2回以上続けて妊娠できなかった女性などは、2個戻すことを許容する」[1]との指針案を示した。
このとき、より多くの受精卵が得られた場合には冷凍保存または破棄することとなるが、受精卵や胚を「一つの生命」とみる立場からは、生命の選別や安易な廃棄は許されないなどという批判がある。
胚性幹細胞(ES細胞)の樹立(作出)にはこの余剰の胚が用いられえるが、人間の胚を実験に用いることには強い批判がある。
こうした問題については、生命倫理学で取り扱われている。

2009年08月18日

四島返還以外に提言されている解決策

日本政府が従来から主張している四島一括返還論の他にも、北方領土問題については、日露両国で様々な解決策が提言されている。以下はその主なものである。

二島返還論:日ソ共同宣言に基づき、歯舞・色丹の二島をまず日本へ返還
三島返還論:国後島を日本領、択捉島をロシア領とすることで双方が妥協
共同統治論:択捉・国後の両島を日露で共同統治
面積2等分論:歯舞、色丹、国後の3島に加え、択捉の25%を日本に返還させ、択捉の75%をロシア側に譲渡。
歯舞・色丹の両島を日本領とすることでは、四島一括返還論も含めた全ての案で一致しており、それぞれの案で異なる点は、残りの択捉・国後の両島への対応である。
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二島返還論
日本側においては主に「二島先行返還論」または「2+2方式」と称される案を指す。これは、日ソ共同宣言で日本への返還が確認されている歯舞・色丹の二島を、ひとまず日本側に返還させ、残った択捉・国後の両島については、両国の継続協議とする案である(二島返還論で詳述)。この方式の支持者としては鈴木宗男が知られており、当時の首相であった森喜朗も訪露した際、ロシア側へ提案したこともあるが、先方からは拒否された。

2009年08月06日

走り屋

走り屋(はしりや)とは、暴走族の一種で、とりわけ高速道路や山岳道路などの公道を自動車やオートバイに乗り高速で暴走することを趣向とする人や集団を指す俗称。主に本人らが用いる語であるため尊称に近い意味合いも含む。警察では「違法競走型暴走族」と定義している。報道機関などは出没する場所や行動により「ローリング族」「ルーレット族」「ドリフト族」などとも呼ぶ。

同様の嗜好は、若者にも自動車が普及した国や地域であればほぼ普遍的に見られるが、その文化は大きく異なっているため本稿では主に日本に関して説明する。

日本において公道暴走を行う者は、1960年代までは「カミナリ族」と呼ばれたが、1970年代以降「暴走族」として扱われるようになった。この頃からグループごとに特徴が表れ、暴力行為で制圧しようとするグループと、運転技術で勝負しようとするグループに大別される。後者が「街道レーサー」と呼ばれ、後に「走り屋」へと呼称が変遷していった。
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レースやラリーなどの競技を意識したものが多く、ラリーストが夜間に林道などで無許可の練習走行を行うことも広い意味での「走り屋」に含まれる。また、実際に公式な競技に参加していなくとも、集団を形成している場合は「レーシングチーム」を自称することもある。見物人(ギャラリーと呼ばれる)も多く集まって行われる「レース」の種別は多岐にわたるが、レース競技を模しているものの合法性に欠ける行為であることから、公に広報を行った「行事」として活動されることはなく、あくまでも非合法な「集まり」として展開される。

2009年07月25日

遊女の歴史

奈良期から平安期における遊女の主たる仕事は、神仏一致の遊芸による伝播であり、その後遊芸伝承が次第に中心となる。

日本に於いては、母系婚が鎌倉初期まで続いた事は論を俟たないが、男系相続の進展と共に、母系の婚家に男が通う形態から、まず、別宅としての男性主体の住処が成立し、そこに侍る女性としての性行為を前提とする新たな女性層が生まれる。これは、原始から綿々と続いた、子孫繁栄のための対等な性行為から、性行為自体を商品化する大きな転機となる。 それまで、財産は母系、位階は夫系であった秩序が壊れ、自立する拠り所を失った女性が、生活のために性行為を行う「売春」が発生するのは、正にこの時期である。

遊び女はこれとは一線を画し、遊芸の付属物として性行為を行い、そして、性行為自体の技を遊芸の域に高め、その専門家集団としての遊女が確立していく。
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売春婦は俗に世界最古の職業と言われるが、日本の遊女も古くから存在していた。諸外国の神殿娼婦と同様、日本の遊女もかつては神社で巫女として神に仕えながら歌や踊りを行っていたが、後に神社を去って諸国を漂泊し、宿場や港で歌や踊りをしながら一方で性も売る様になったものと思われる。一方で遊女と宮中の舞踊・音楽の教習所である「内教坊」の「伎女」に なんらかの関連があると考える研究者もいる。

『万葉集』には「遊行女婦」として現れる。平安時代に「遊女」の語が現れ、特に大阪湾と淀川水系の水運で栄えた江口・神崎の遊女が知られ、平安時代の文章家、大江匡房が『遊女記』を記している。

2009年07月12日

歴史学において史料批判は

歴史学において史料批判は欠かせない作業である。史料批判とはその史料が信頼できるものなのか、信頼できるとしてどの程度信頼できるのかを見定める作業である。例えばある事件について、史料Aと史料Bが矛盾している場合、両方の史料の性格を考え、どちらが正しいか確定してゆく作業が含まれる。史料Aが事件から1年後の第三者による伝聞であり、史料Bは当事者の日記だとすれば、一般には事件に対して(時間的・空間的に)最も近い史料が確実なものと考えられるが、当事者の証言には(意識的・無意識的な)自己正当化が含まれることも多く、必ずしも真実とは限らないから、できるだけ多くの史料を集めて相互に批判検討を加えることが重要である。なお、伝聞であっても、その事件に対する世間での評価を含んでいるなど、史料として利用できる場合もある。
学力向上!漢字王国
白い花の花言葉
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初心者の投資問題解決!
姉妹の温泉三昧
フラッシュのオーディション参加
省エネルギーのコツを紹介
生活費の節約法
ドライブ計画サポートスペシャル

歴史書など既に編纂されている史料の場合は、著述者の立場により意図的な編纂が加えられている場合もある。例えば中国の正史(二十四史)は唐代以降、国家による編纂となったために、当代の王朝を正当化するために先代の王朝の最後の皇帝などが実際以上に悪く書かれる傾向にある。こうした史料を残した人の思想や信条、政治的状況、当時の社会状況を慎重に見定める事が必要である。

2009年06月29日

したがってあらゆるイデオロギーが

したがってあらゆるイデオロギーが科学や技術のような、客観的な目的合理性の上に成り立っているならば、その次元での正当性を論じることによってイデオロギー的政治行為と正しい政治行為の間に判別が可能であると考えられる。目的合理性において明らかに欺瞞を含む政治行為が、正当な政治行為であるわけはないから、社会的なコミュニケーションのレベルでのイデオロギーの摘出には十分効果を期待できる分析であるといえる。

しかしハーバーマスも指摘しているように、このような見方の欠点は、イデオロギーが目的合理性に則った社会的なコミュニケーションの場のみで成り立っているかという点に盲目なことである。上述したように、イデオロギーの核心をなす信条や信仰は目的合理性とはほとんど関係ないから、イデオロギー的政治理念が目的合理性に則った政治行為を主張するということも成り立つため、このようなイデオロギーの分析にはあまり有効ではない。

また技術的発展によってイデオロギー的な観念支配から脱却できるかという問題がある。
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カール・シュミットはハーバーマスが目的合理性と呼んだような、技術を中立的で、したがって中性的であると見なす考え方を「技術信仰」と呼んで非難している。「技術信仰」の立場に立つと、中立で中性的な技術の進歩により、あらゆる思想的な対立は解消されていくとされる。しかしシュミットによれば、このような技術は中立的であるがゆえに、さまざまな政治理念に「武器として」奉仕することが出来る。技術は中立的ではあるが、政治的に中性的ではない。技術は道徳的な目的に奉仕することもあるが、逆に非人道的な目的に奉仕することも出来る。それゆえに技術的進歩は道徳的進歩ではない。したがって技術の進歩が政治的な対立を解消して、何らかの非政治的な解決をもたらすとは考えられないとした。

2009年06月11日

グリゼーとミュライユがスペクトル音楽的発想

グリゼーとミュライユがスペクトル音楽的発想へ行き着いた最初のきっかけは、イタリアの作曲家ジャチント・シェルシの影響が強い。一つの音を音響現象と見做し、その倍音成分を徹底的に聞き込むシェルシの音楽は、スペクトル音楽のプロトタイプとも言え、ローマ大賞を得て留学したばかりの若き2人の作曲家に多大な影響を与えた。そして2人はシェルシのアイデアを理論的に発展させ、スペクトル音楽の方向性を見出したのである。この楽派におけるシェルシの地位はミニマル楽派におけるラ=モンテ・ヤングやセリエル楽派におけるオリヴィエ・メシアン、新ウィーン楽派におけるヨーゼフ・マティアス・ハウアーなどの次の時代のための最初のアイデイアの提供者的役割に匹敵する。

このグリゼーとミュライユの2人をはじめ、ミカエル・レヴィナス、ユーグ・デュフールらが結成したアンサンブル・イティネレールにより、スペクトル楽派の音楽は広く紹介された。これらの作曲家が楽派の第1世代にあたる。当初はIRCAMの座付き演奏団体であるアンサンブル・アンテルコンタンポランやポール・メファノが組織したアンサンブル2E2Mは、楽壇政治的な理由でスペクトル楽派の作品を敬遠していたが、現在は明らかなフランス現代音楽の主流としてこれらの団体でも取り上げている。

スペクトル楽派の影響はフランスという一つの国籍に縛られず、むしろIRCAMで学んだ多国籍の作曲家にあたえた影響が大きい。先述のいわゆる楽派第1世代の作曲家とほぼ同年代に当たるホラチウ・ラドゥレスク、イアンク・ドゥミトレスクはルーマニア人でありながらフランスへ渡り、本家とはやや趣を異にしたスペクトラルな言語で作曲している。その次世代にあたるフィリップ・ユーレル、フィリップ・ルルー、ジャン・リュック・エルヴェ(以上フランス)、カルロ・アレッサンドロ・ランディーニ(イタリア)、さらにそれに続くロザリー・ヒルス(オランダ)、アントン・サフロノフ(ロシア)、カタリーナ・ローゼンベルガー(スイス)など、楽派の影響は国籍を超えて発展した。ドイツのゲオルク・フリードリッヒ・ハース、イタリアのマルコ・ストロッパ、イヴァン・フェデーレ、ファウスト・ロミテッリ、マウロ・ランツァ、イギリスのジョナサン・ハーヴェイ、ジョージ・ベンジャミン、フィンランドのカイヤ・サーリアホ、マグヌス・リンドベルイ、スイスのミカエル・ジャレル、その他南米の作曲家たちなどが、このスペクトラルな語法と自国の潮流や自分の個性をブレンドさせ、各国に影響を伝播している。
ハンドボール
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フラダンス
白地図
計算化学
茶道
フットバッグ
年金
船舶工学
免疫学
フードテーマパーク
生活習慣病
映画史
スクエアダンス
化学工学
ストリートダンス
地球
人形劇
生態系

日本の作曲家ではアンサンブル・イティネレールでピアニストを務めた野平一郎を始めとして、夏田昌和、金子仁美、後藤英などがIRCAMでスペクトラルな語法を学び自己の作風に応用し、また一部は日本でスペクトル楽派の理論を教え広めつつある。

しかしIRCAMのコースを受講したほとんど全ての作曲家が、倍音の合成という直接的な音響の手法にアプローチする結果作風がある程度似通ってしまうのに対し、望月京はスペクトラルな理論に明らかな影響を受けながらも生み出す音響は個性を持っている点で、日本に限らずIRCAM受講者全体としても稀有な例である。ピアニストとして全く別系統のレパートリーを身につけ独自の活動に到ったフランチェスコ・リベッタのような者もいる。結果として反復語法に対する感性の類似が難点であり、この弱点をどのように次世代が克服するのかの目処はついていない。

まず第一に音響へのアプローチを試み、そこから理論を生み出すという作風は、フランスの伝統音楽の延長線に位置すると言える。例えば古くはバロック時代のオルガン音楽では、バッハの音楽ではあまり音栓を指定していないのに対し、フランスのラモーやフランソワ・クープランでは音栓が指定され、音色に対するアプローチが見られる。ロマン派の時代で近代管弦楽法を最初に組織したのもフランス人のベルリオーズである。近代ではドビュッシーやメシアンが高次倍音を多く含む色彩的な和声語法や優れた管弦楽法を生み出し、音色を音楽の重要なパラメータとして取り扱った。これらの文脈から考えて、スペクトル楽派がフランスで生まれるべくして生まれた作曲理論であると言っても過言ではない。またルイ・クープランはリズムの指定があいまいなクラヴサン作品を「無拍のプレリュード」として残し、ドビュッシーはピアノ曲においてテンポ・ルバートを多用した。スペクトラルな言語で作曲する際のリズム語法の曖昧さは、このような起源にも由来しているとも言える。パリ・コンセルヴァトワールの教育方針における「過去の偉大なる音楽文化の教程化」が後年のシェルシ作品に対してなされたと見ることも可能ではある。